【かぞくの食卓】#3 タッパーいっぱいに入った作り置きナムル

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連載企画「かぞくの食卓」で取り上げるのは、誰かが忘れたくないと思った無数の食卓のシーンです。どんなに忘れたくないと思っていても、記憶は自然と薄れ、思い出せなくなっていくもの。この企画ではそんな記憶を覚え続けていくために、さまざまな人にかぞくとの思い出の食事を語ってもらいます。第3回は、イラストレーターのぬーさんのエピソードです。


コロナウイルスのパンデミックが起こり、緊急事態宣言が初めて出た頃のことを振り返ると、誰もが日常とかけ離れた日々を送っていたなかで、自分はかなり特殊な時間を過ごしていたのだろうなと思う。

上京してからは、定住することなくいろんな場所で借り暮らしをしていた。一時的に実家に戻り、次の住処を探していた頃、知り合いが管理していたホテルへ遊びに行った。管理人であるRくんとは面識がある程度だったけれど、会って2回目で意気投合。住む場所を探していると相談すると、寝泊まりできるスペースがあると言う。そこから、ホテルに住み込みで働かせてもらうことになった。2019年の春だった。

ホテルの1階はコワーキングスペースとホテルのレジデンスを兼ねており、2階から上が部屋になっている。当時は、長期滞在ができるインバウンド向けのホテルで、お客さんはほぼ全員海外の旅行客だった。しかし、働きはじめてちょうど1年が経つ頃、コロナウイルスの流行によって海外からのお客さんはゼロになり、客室は連日空室となった。このまま宿として稼働するのは難しいだろうと判断し、友人限定でマンスリーマンションのように月額料金で貸し出すことになった。

そこで、一緒に暮らすことになったのがKさん夫婦だ。世界一周をしていたKさん夫婦は、コロナウイルスの流行によって急遽帰国したものの、家探しをできる状況になく困っていたところ、運営に携わるDさんからホテルのことを教えてもらったのだそうだ。もともとホテルに住み込みをしていた私とRくんの2人、そして新たにKさん夫婦、Dさんが加わり、5人の共同生活がはじまった。

1階のコワーキングスペースは、まるでおおきなリビングのように、それぞれがのびのびと使っていた。全員フリーランスだったため、朝は各々好きな時間に起きて朝食をとり、気に入った場所で仕事をする。お昼になると、Kさんがコワーキングスペースの共同キッチンに立ち、昼食の準備をはじめる。

当時私には自炊の基礎らしいものが全然なかった。興味もないし、できればやりたくない。「ごはんを食べるために、料理を準備していく」ということの解像度が低く、どうやったら「ぱぱっと手際よくおいしいものを作る」ことができるのかよくわからなかった。

実家にいた頃は、専業主婦の母がいつも料理を作ってくれていた。家に帰ると、いつも完成したごはんが食卓に並んでいた。だけど、子どもの頃から料理に興味がなかった私は、「これってどうやって作るんだろう」と気に留めることもなく、母のごはんを食べていたように思う。

また、当時の食卓の記憶を思い返すと、ごはんの思い出よりも先に、両親の機嫌を損ねないよう、バランスが崩れないように気をつけながら会話をしていた場面が思い浮かぶ。あのときは「たのしむ」というよりも、「間違えないようにやり過ごす」感覚のほうが強かった。常にそんな緊張状態があったわけではないけれど、食事以外に注意を払うことが多かったことで、「食」や「料理」にたのしいイメージが湧かなかったのかもしれない。

だから、Kさんとキッチンに立って初めて「親から料理を習うってこんな感覚なのかな」と思った。

「じゃあ、これ切って」

『この大きさでいいんですか』

「いいよいいよ、なんでもいいよ。適当で」

適当ってどのくらいなんだろう、と思いながら、おそるおそる切っていく。Kさんの料理する手を観察していくうちに「あ、ここはほんとに適当なんだ」「塩はこのくらい入れればいいんだ」と、そのさじ加減がわかるようになった。

Kさんと一緒に料理をしていていちばん驚いたのが、見たことないくらい大きなタッパーに大量の作り置きの副菜を作ることだ。「品数が多い方が健康的だからね」と言うKさんはいつも副菜を作り置きしていて、食事のときにはメインの料理だけを作るようにしていた。常備菜を数種類ストックしていれば、毎食メイン料理プラス2〜3品をさっと出すことができる。「作り置き」という概念がなかった私は、Kさんが大量の副菜を作る様子を初めて見たとき、「なんて革命的なアイデアなんだろう!」と感動した。

たとえば、1品目に「にんじんともやしとほうれん草のナムル」を作ったら、余ったほうれん草でおひたしを、これまた余ったにんじんでラぺを作る。副菜それぞれに違う食材を使うのではなく、数種類の食材を使い切るように2、3品目を作っていた。

料理が完成に近づくと、仕事をしているほかの3人にKさんが声をかけ、最後はみんなで準備する。この日は、じゃがいもとオイルサーディンのオーブン焼きがメイン。アルミホイルで作ったお皿に薄くスライスしたじゃがいもとオイルサーディン、紫蘇を交互に敷いて重ね焼きしたものだ。こういったメイン料理に加え、主食の玄米、味噌汁かスープ、そして例の作り置きの副菜が並ぶのが、いつもの定番だった。副菜は、それぞれのうつわに3種類ほど盛りつける。その、大きいタッパーから取り分けていく様子が、なんだか給食みたいでたのしかった。全員で「いただきます」と言って、会話を交わしながら、みんなで作った料理を食べる。過度な気遣いも必要ないし、緊張感もない。ただそれだけのふつうの食事の時間に、私はずっと憧れていたのかもしれない。シンプルなのに、なにを食べても、おいしくてたのしかった。

食事の後は、大きなスクリーンでシリアスなドキュメンタリーを観て、議論を交わす夜もあれば、誰かがギターを鳴らしはじめ、もう一人は打楽器を叩き、私は歌い、急な演奏会が行われる夜もあった。このホテルの扉の向こうでは、誰も経験したことのないようなおそろしいパンデミックが起こっている。だけど、このホテルの中にいる限りは、そんな不安に晒されることがなく、平和で、豊かな時間が流れている。渦中にいるときには周囲に大きな声で言えなかったけれど、私にとっては夢のような時間だった。

そんな満ち足りた毎日も、3か月ほどで終わりを迎えた。ホテルを通常利用できるように稼働していくことになったのだ。いつか終わりがくるとわかっていても、しばらくは寂しい気持ちを引きずりながら過ごした。

あれから、もうすぐ4年が経つ。かつて一緒に住んでいたKさん夫婦やDさんとは今、特段連絡を取り合うこともせず、ときどき共通の知り合いを介した場で再会する。知り合いのなかには、久しぶりに会うと、会っていない時間だけ距離ができる相手もいるけれど、彼女たちはいつ会っても、友だちでもなく、元同居人でもなく、家族みたいだなと思う。きっと誰かと家族になる方法は、婚姻関係を結ぶことだけじゃない。あの日々の中にいた私たちは、本当の家族だった。

文・ひらいめぐみ
イラスト・漆原さくら

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