【かぞくの食卓】#2 お彼岸前夜のおはぎ

連載企画「かぞくの食卓」で取り上げるのは、誰かが忘れたくないと思った無数の食卓のシーンです。どんなに忘れたくないと思っていても、記憶は自然と薄れ、思い出せなくなっていくもの。この企画ではそんな記憶を覚え続けていくために、さまざまな人にかぞくとの思い出の食事を語ってもらいます。第2回は、かくかぞく編集長の大井あゆみさんのエピソードです。

　実家にいるときは当たり前でなんとも思わなかったが、料理好きな母の影響か、四季折々の行事をしっかりと行う家だった。節分には恵方巻き、土用の丑には鰻、冬至の日にはかぼちゃを家族みんなで食べる。なかでもよく覚えているのは、年末の餅つきだ。餅が炊き上がる、ふわふわとした優しく甘い匂いがしてくる頃、母、同居している祖母に呼ばれて、リビングへ行く。餅つき機から取り出された大きな餅を丸めるのが、私と弟の役目だった。お昼は、その丸めた餅を火鉢で焼き、砂糖醤油をかけたり、きなこをまぶしたりして食べる。地元の名産であるかぼすと大根おろし、お醤油につけることもあった。冬休み期間だったこともあり、年末の餅つきには普段とは違う非日常感が漂っていて、毎年楽しみにしていた。

　餅つきに比べれば日常の延長に近い日だったにもかかわらず、大人になってからもずっと忘れられないイベントがある。それは私が物心がつく頃から行われていたもので、高校を卒業して実家を出るまでの間ずっと、恒例行事として続いていた。

　いつものように学校から帰ってきてリビングの扉を開けると、ダイニングテーブルの上には直径が30cmほどはあるだろう大きな平皿に、30個以上のおはぎが、おしくらまんじゅうをするように身を寄せ合っている。大皿いっぱいに盛られたおはぎを見て「おはぎだ！」と嬉しい気持ちが胸いっぱいに広がる。我が家では春と秋のお彼岸の前夜に、おはぎを食べるのが通例だった。

　お彼岸の前日の夜は、おはぎとお味噌汁がその日の夕飯。祖母はときどき嗜む程度だったものの両親はお酒を飲まない人で、家族全員甘いもの好きだったからありえた献立だったのかもしれない。

　おはぎの乗った大皿を前にし、弟と「何個食べる？」と確認し合いながら食べる。映っているテレビ番組について話したり、学校であったことを報告したりする様子はいつもの夕食と変わりなかったけれど、やっぱり普段とは違う特別感があった。

　おはぎは、つぶあんのあんが、丸められたもち米の上にぼたっと乗っている感じだ。とにかくあんこをたくさん食べられるようにと、厚めのあんに包まれていた。必ずおはぎと一緒に出てくるお味噌汁は具だくさんで、とにかくなんでも入っていた。汁物というよりは具材を食べるのがメインと言ってもいいほどで、小ネギと豆腐、白菜、きのこなど、入っているものは日によってバラバラだ。おはぎをぱくぱく食べ、甘いものに飽きたらお味噌汁を食べる、のあまじょっぱいループを繰り返す。みんなにこにこしながら、お腹がはちきれそうになるまでおはぎを頬張った。

　高校卒業後、上京し歳を重ねるにつれ、お彼岸の時期に夕食でおはぎを食べるのは一般的ではないのだと知る。東京出身の夫に話してみたときも、おはぎを主食にすることにとても驚かれてしまった。実家は大分にあったけれど、台所に立つ母と祖母が宮崎出身で、実家の食文化は宮崎由来のもの。しかし、どうやら地域特有のものではないようだ。母は日頃から栄養バランスを意識した料理を作ってくれていたこともふまえると、ますます不思議な行事だった。

　九州で暮らしていた両親は、数年前に持ち家を引き払い、今では私の家からほど近くに暮らしている。母がおはぎを手作りすることはなくなったけれど、お彼岸の時期が近づくと、自然にみんなで大量のおはぎを囲んで食べていた当時についての話題で、母と盛り上がる。両親はお彼岸になると変わらず、夕飯におはぎとお味噌汁を食べているらしい。

　あまりにも当たり前の日常で、「これが最後なのか」と思うこともなく、来年も、再来年も、と続いていた恒例行事。両親も私や弟も歳を重ね、あんなふうに家族全員でたくさんのおはぎを分け合いながら食べることは、もうないのかもしれない。それでも、きっと家族の誰にとっても、あの日のうれしくてあたたかな気持ちや、そこに流れていた穏やかな時間は、ずっと胸の奥に残るものになっているだろう。

　お彼岸シーズンではないときに売られているおはぎを見かけ、何の気なしに手を伸ばす。夕食ではなく、おやつとして。おはぎの入った袋をぶら下げて歩いていると、心がぽかぽかとあたたかくなってくる。食べるのを想像して、おもわず笑みを浮かべる。時期や食べ方が違っても、私にとっておはぎはいつまでもうれしい食べものだ。

文・ひらいめぐみ
イラスト・漆原さくら