夫は怪獣のしっぽが食べたい
結婚には、いくつかの大事な価値観があると思う。
そのひとつが「食」。でも、我が家は夫と私とでは「食」への興味が真逆だ。
食に興味がない夫は、旅行に行っても夕飯はコンビニで買えばいいと思っているタイプ。
普段から食事のたびに「点滴で栄養が取れたら良いのに」とよく言っていた。そういう言葉を聞くたびに、食事が苦痛なのだろうな、と思った。
かたや、私は食べることがご褒美になるタイプ。「これが終わったら〇〇を食べる」と思ってワクワクしている時間が好き。
真逆のタイプだ。
で、そんなふたりが結婚して、どうなったかというと、一緒に食事を摂る機会がなかったのでさほど問題ではなかった。別に不仲というわけではない。お互いの仕事の関係で、時間を合わせられないだけだ。美味しいと思うものを共有できない、食事の時間を共有できないことに、少し寂しさもあったけれど、まあこんなものかと思った。夫が食べることが苦痛だと言うならあれ食べようこれ食べようと無理強いするのは良くないだろうし、私も気にせず好きなものが食べられるなら、こちらとしてもストレスが少ない。薄情かもしれないけれど、それでいいと思っていた。
そんな夫が入籍後に、唯一私にした食のリクエストが「お弁当を作ってほしい」だった。
愛妻弁当が食べたかったわけではない。節約のためである。
正直、ちょっと面倒だった。その分、早く起きなきゃいけなくなるし、前の夜の下拵えも発生する。でも、お弁当を持っていなかった場合にどれぐらいの金額がかかるかを計算して、作ることを承諾した。
それから12年間、夫が休みの日以外はほぼ毎日作っている。今となっては半分寝ながらでも作れる。
卵焼きを焼いて、冷凍食品を一品チンして、ウィンナーを焼き、練り物を調理し、作り置きの野菜のおかずを詰め込む。
これが大体の流れ。私は自宅で仕事をすることもあるので、そういう日は同じメニューをワンプレートにして昼に食べる。
お弁当のいいところは、ふたを開けたときのワクワク感だ。自分が昼に同じものを食べていることもあり、私も夫も何か楽しみになるようにと、ベースのメニューにできるだけ週に一回は新メニューを入れるようにしている。
グルメ漫画で見たちくわの磯辺揚げを作ってみたり、冷凍食品のミニハンバーグをベーコンで巻いてみたり、卵焼きの中にたらこを仕込んでみたり。
まあ、食に興味がない夫は気づかないだろうな、自己満でいいか、と諦め半分で作っていたら、ある日、昼時にメールが来た。
『怪獣のしっぽが入ってる』
なんのことか分からずに既読スルーしていると、続いて写真が送られてきた。お弁当に入れたヤングコーンの焼き浸しだ。それが怪獣のしっぽに見えるということらしい。
まあ怪獣のしっぽに見えなくもない……?
ヤングコーンをお弁当に入れたのは初めてだった。そして夫は生まれて初めてヤングコーンを食べたらしい。
そういえば、と思い出す。
夫は外食で食べたことがないものが出されると食べない。得体が知れないから、と。
でも、お弁当はいつも空っぽで返ってくる。
そこでようやく、夫はそれなりに私が作るものに信用を置いていることがわかった。
それから、お弁当に新メニューが入っているとメールがくるようになった。ヤングコーンがどんな刺激になったのかは謎だが。なんなら、普段もっと凝ったものを作っているのだが。
何かのおまけについていたピックをおかずに刺しておいたときもメールが来た。
私が疲れ切って、お弁当の中身が毎日同じになったときは「疲れてる?」と聞かれた(いや、そこはお弁当を見なくても気がついてほしい)。
形はどうあれ、少しでも興味を示してくれるようになると「もう少しがんばって作ろうかな」と思えるようになる。何がそんなに夫の琴線に触れたのかがいまいちわからないのだけれど、まさにいろいろ入っているから楽しくなったのかもしれない。
同時に、食自体にも興味を示してくれるようになった。
「今から帰る」のメールと共に「今日の夕飯はなに?」というメッセージも添えられるようになった。前は食べられるものがあればなんでもいい、というスタンスだったのに。初めてそのメールが来たときはニヤニヤしてしまった。
ハーゲンダッツの期間限定フレーバーが発売されると「食べたい」というようになった。
外食は苦手なので、滅多に食べに行かないけれど、たまに「ピザパーティーをしよう」なんて言い出すようになった。
旅行に行く前には、その土地の名物をチェックしてくれるようになった。
無理強いはよくないか、と思って諦めかけていたものだったけれど、「食」が共有できるようになると、生活が少しだけ楽しくなる。
ちなみに、「結婚したばかりのころ、本当に食に興味がなかったよね」と言うと、「そんなことないよ」ととぼける。「だって今はいろいろ食べてるじゃん」と。まあそうだけれど。
一緒にスーパーに行くと、以前よりも少しだけ夫が楽しそうな顔をするようになった。
そしてたまに野菜売り場で足を止めて言う。
「ねえ、もう怪獣のしっぽはお弁当に入れないの?」
まるで小学生男子みたいなことを言うなあ、と思いながら、苦笑いをして私は怪獣のしっぽを買い物カゴに放り込む。
文・ふくだりょうこ