おじいさんのカメラ【かぞくをつなぐもの】

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他の人にとっては大したことがないものだったとしても、“かぞく”から贈られたものや譲り受けたものだったら少し特別なものになる。そんな“かぞく”と“かぞく”をつなぐものにまつわるエッセイをお届けします。

第1回は、篠原豪太さんにおじいさんのカメラについて書いていただきました。

***

スマートフォンの中に、1枚の古い写真がある。

ぼくが生まれて間もない頃、祖父とともに写ったものだ。

写真の中のぼくはとても幼い。まだ1歳にもなっていない頃だ。祖父の服をしっかりとつかみ、どこか不安げな様子でカメラを見つめている。

あれからずいぶんと長い時間が経った。ぼくは今年28歳になった。

祖父は4年前、89歳でその生涯に幕を下ろした。

古代史と囲碁を愛する、温厚で穏やかな人だった。世間一般で言う典型的な「孫にやさしいおじいちゃん」だったと思う。

静岡県静岡市。祖父がその人生の多くを過ごした場所だ。ぼくは小さいころから年に何度も祖父の元へ行き、季節ごとのイベントを楽しみにしてきた。

春は桜を見に行き、夏は花火や水遊びをする。秋になれば駿府城公園のお祭りに行き、冬はおせち料理を食べて初詣に行く。

東京で生まれ育ったぼくにとって、この静岡の街は「第二の故郷」ともいうべき存在だ。

もちろん祖父はもうこの世にはいない。しかし今でもこの街を歩いていると、祖父と過ごした楽しい日々の記憶がたくさん蘇ってくるような気がする。

そんな思い出の数々とは裏腹に、ぼくは祖父の遺品なるものをほとんど持っていない。

ひとつだけ例外がある。半世紀以上前に祖父が買ったという一台のカメラだ。若き日の祖父が家族の写真を撮ろうとして手に入れたのだろう。

そんな祖父の道具は、次第に母の手によっても活躍することになる。母が中学生ぐらいの頃、よく祖父から借りては学校の旅行などに持っていったそうだ。

しかし、時間が経つにつれてこのカメラは誰にも使われなくなり、引き出しの奥で眠ったままの時間を過ごすことになった。

祖父の家でこれを見つけたのは、ぼくが二十歳を過ぎた頃だった。

偶然目の前に現れた、ホコリを被りボロボロのケースにしまわれたカメラ。使う人はもう誰もいない。そのままぼくが譲り受けた。

旧式のカメラだ。そもそもちゃんと動くのだろうか。ダメだったとして修理はできるのだろうか。

試しに空のシャッターを切る。カシャカシャ音がする。ファインダーは汚れて覗きにくく、レンズはどこか曇っている。

一度専門店で見てもらうことにした。お店の人には「古い機種なので保証はできず、どこまで直せるかはわからない」と言われた。

何週間か経った日、一本の電話が鳴った。修理完了を知らせる連絡だった。

お店に行くと、カウンターの上にはきれいになった銀色のボディが置かれていた。

修理費用は3万円。レンズの中に少しカビが残るも、それ以外は問題なし。電子部品のない旧式だからこそ、損傷も少なく無事修理できたのだという。

祖父が購入して半世紀以上。途中母の手に渡った時代を挟んで、この道具はいま3世代目であるぼくの手に委ねられた。

冷たい金属のかたまりが、ほんの少しだけ重く、そしてあたたかく感じられた。

あれから何年もの歳月が過ぎた。

ある時さまざまなきっかけが重なって、知人の編集者さんから「家族写真についてのエッセイを書かないか」と誘われた。その時にふと思い出したのがこのカメラだった。

祖父が購入し、途中母の手に渡りながらもぼくの元にやってきたこの一台。

そんなカメラで撮られた家族写真とは、いったいどんなものだったのか。

一台のカメラが世代を越え、いまこの手元に存在することの偶然と奇跡を考えた時、この道具を通じて亡き祖父の姿に迫ることが、ぼくにとっての「家族写真」を考えるきっかけになるかもしれないと感じた。

ぼくは静岡に行き、手がかりを探すことにした。

東京駅から新幹線で1時間。お弁当を食べて少し居眠りをして、窓の外に富士山が見えてくるころには、もう静岡駅は目と鼻の先だ。

祖母が出迎えてくれた。今年で90歳。だんだん足が痛くなってきたと口に出すものの、まだまだ元気である。

お昼ごはんを食べて一息ついてから、一緒に古いアルバムを取り出していく。

中を開けてみるとたくさんの写真が出てきた。整理されていないものも含めると予想以上の数だ。そしてその中には、おそらく祖父が撮ったであろう家族写真がたくさん収められていた。

カメラを持つ祖父を見て、穏やかな表情を見せる祖母や母たち。よく見ると祖父自身が写った写真もいくつかある。

それらの写真の数々には、ぼくが今まで知らなかった祖父の「父としての姿」や「父としてのまなざし」が残されている気がした。

幼き頃の母が祖母に抱えられている姿。着物を着てかしこまったような、母たち姉妹の様子。

こうしたいくつもの瞬間を、いったい祖父はどんな気持ちで写真に残していたのだろうか。

家族写真とは、きっとそれ自体が形として残ることに意味があるものだ。

日常生活の何気ない瞬間。時が経つにつれて忘れ去られてしまう家族の日常を、残された写真自身は静かに語りかけてくれる。

そんな写真には、撮った人と撮られた人の関係性が写っている。

祖父のカメラで撮られた写真には、そこに写る母たちの姿だけではなく、祖父が一人の父親としてどのように見えていたのか、その姿を想像できるヒントが隠されているように思えた。

一台のカメラが、ぼくを新しい旅に導いてくれた。ぼくが今まで知らなかった「父としての」祖父に出会う旅だ。

何十年という時を経て、ぼくは祖父の新しい素顔を発見できたのかもしれない。

例のカメラは、今でもぼくの部屋にある。

スマートフォンが活躍する2022年、合理的に考えば旧式のカメラを使うメリットなどほとんどない。もちろん便利さだけで言ったらiPhoneのほうがよっぽど上だ。

その一方で、これからもぼくは好きな写真をたくさん撮り、そして新たなカメラをいくつも迎え入れることになるだろう。

けれど、祖父が遺したこの一台だけは、今後も大切に取っておこうと思っている。

文・篠原 豪太

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