父の寝言

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父は声が大きい。

大きいのに加え、男性特有の低音なので存在感がある。

実家へ電話する際も、父以外の家族と通話しているとそばにいるのがすぐわかるレベルだ。ハンズフリー機能いらずの声と言ってもいいだろう。

父は子どもの時から声が大きかったようだ。

父が小学生か中学生の頃、家でテレビを見ていると、帰宅した姉(私の伯母)から

「家の外まであんたの声が聞こえて恥ずかしい」

と怒られたという。

当時父たちが住んでいた家には、10mほど手前に商店があったそうだが、そこからすでに父の声は聞こえていたらしい。

「姉ちゃんは話を盛っている」

と父は言うが、私はまんざらでもないと思っている。私も幾度となく、別室に居ても父の笑い声どころかしゃべる声が鮮明に聞こえてくる環境で育ってきたのだから。

当時伯母は中学生か高校生くらいだったはずなので、家の外から弟のバカ笑いが響く事態に遭遇したら恥ずかしくもなるだろう。

そんなエピソードを持つ父だが、大きな声は怒るとさらに迫力があった。

普段父はやたらと人に怒る性格ではない。少し理屈っぽいところはあったが、少なくとも父から怒られることはさほどなかった。

しかしそんな私を含め、父の怒号に家族全員が付き合わされる場面があった。

それが就寝中の寝言である。

父はよく寝言を言う。寝るたびに寝言を発しているといっても過言ではない。

ただなぜかいつも寝言で父は怒っているのだ。

「〇〇で▼▼だろうが!」

だの

「××に決まってるだろ!」

だの

「■■なのがわからんのか!」

など何かしらに怒っていた。よほど主張したい何かがあるのだろう。しかし聞く側も肝心なところはよくわからず、何かに怒っていたことだけは確かであった。

寝言は当然、私や弟がいる隣の部屋にも聞こえてくる。

「なんか聞こえへん?」

「お父さんやろ」

という会話が弟と交わされるのが常であった。

さらに寝言は性質上、いつ発せられるかわからない警報のようなものだ。

深夜にこっそりラジオを聴いている時などに発せられると、びっくりして思わずボリュームを下げてしまうこともたびたびあった。わかっているが驚くのだ。ある意味突然部屋に入られるよりも、私にとってはスリリングなものであった。

そんなに腹立たしい夢なら少しは覚えていてもいいのに、父は全く覚えていないのである。どんなに言っても、

「そうかあ?でも全然覚えとらん」

としか答えないのだ。とぼけているわけでも、隠しているわけでもなく、本当に覚えていないのだ。

あまり言及しても、

「はいはい。そんなにうるさいならみんなで子ども部屋で寝てください。俺は一人で寝るけん」

とすねてしまうので、これ以上寝言について本人にいうのも良くない。基本そういうところはナイーブな男なのだ。

そんな警報だとか言っている寝言も、長年聞いていれば生活音レベルになる。びっくりはするものの、

「あぁまたか」

と、目覚まし時計の誤作動レベルになっていたのも事実である。

しかし数年前に帰省した際、普段私が寝る部屋が使えなかったため、父と一緒に眠ることになった。

実家という安心感と、朝早くからの移動に疲れていた私は布団に入るなり、すぐにうとうとしていた。

その時である。

「前から言っとるだろうが!!」

突然の怒号と共に、私の夢うつつ状態は遮断された。久しぶりに耳にした父の寝言は健在であった。そして寝言のことなんてすっかり忘れていた自分にも気が付いた。

ふと父を見ると、何事もないかのように寝ている。

「あぁ、そうだ。今自分は実家に帰ってるんだな」

と実感すると同時に、懐かしさに引き戻された瞬間であった。眠たかったので、そんな時に引き戻さなくていいよと思ったが。

文・相場龍児

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