AKB48のMVを観て泣いた私

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平日の昼間から、子どもをハグできるなんて幸せすぎる。夏休みくらいしか、そう長くは一緒にいられないから。……なんて前向きにとらえていた、新型コロナによる自粛期間。

理想と現実は、いつだって塩辛い。

「学校に行っている時間帯は、勉強しなさい」「部屋をきれいにしなさい」。そう夫は言い、仕事に行った。しかし、夫が放つ言葉は、なぜか子どもたちにはあまり効かない。

「これはダメ、あれをしなさい」を守らせるために私は、鬼になる……べきなのかもしれない。でも、子どものために、鬼にも、やさしい母親にもなれない。ダメ母だと思い知らされる日々が待っていた。

自粛要請を受けて、学校が休みになった。

私が仕事に集中していると、知らないうちに子どもたちはゲームに熱中している。「ゲームは勉強してから」と言うと、泣いて引きこもったり、ケンカになったり。ゲームをする時間を約束しても、しれっと1階(二世帯住宅の親世帯)に逃げてしまう。「もう知らない!宿題やらなくて困るのは、あなただよ」と私もヘソを曲げてしまう日々。

そんな状態だから、我が家は毎日誰かしらが泣いて、部屋は荒れた。夫が帰ってくるたび「片付けろ!」と子どもに向かって怒鳴る声が駆け巡る。

私はその声をきくたびに自己肯定感が削れていき、それを埋めるように仕事に没頭していく。いや仕事をやっているから、宿題も家事もままならなくなり、部屋がちらかっていくのかもしれない。

新型コロナウイルスのおかげで、私たち家族の弱い部分が浮き彫りになっていき、どんどん疲弊していった。

そんなある日、娘がぽつりといった。「そろそろミュージカル行きたいな」

私はふたりの娘と一緒に、ミュージカル劇団に所属している。自粛要請を受けて、公民館が使えなくなった数週間は、ミュージカル劇団も活動自粛となった。劇団は、徹底した感染予防をしたうえで活動が再開されたものの、二世帯住宅で暮らす私たちは親のことを考えて休み続けていた。

「ミュージカルはまだダメだよ」。私の言葉に、娘は無気力な目線を投げかける。新型コロナの影響で、子どもたちにはダメなことがたくさん増えた。子どもの中でも「やっぱりダメだよね」というあきらめが、生まれてしまっているようだ。

ごめんね。でも、これも家族を守るため。

当初、ワクワクしていた夏休みのような日々が訪れることはほとんどなく、自粛期間は過ぎていった。

***

外出自粛要請が解除され、学校も始まったある日。夫が「今度の休日、久しぶりに家族で遊びに行こう」と言った。子どもたちは、文字通り跳んでよろこんだ。口々に行きたい場所が飛び交う様子を見た私は、ショックだった。ここ数ヶ月、こんなにうれしそうな顔なんて見ていない。あんなに子どもたちと一緒にいたのに。

私がぼんやりしている間に、行き先はボーリング場に決まっていた。「お母さん、仕事終わらせてよ!」。子どもの念押しに、苦笑してしまう。

ボーリング場へ向かう日。車に乗り込む子どもたちは、目がきらきら。はしゃぐその表情の愛らしいこと。仕事で疲れていたが、ほんの少し元気になり、車に乗り込んだ。

ボーリング場は、思ったよりも盛況だった。若者たちがそれぞれのレーンで、ソーシャルディスタンスを守りつつ、プレイしている。1レーンでプレイできる人数が制限されているため、プレイしない私だけ誰もいないレーンのソファにひとり座った。

場内に響く、大音量の音楽。レーンの先にはワイドスクリーンが、ほぼ端から端まで続き、絶えずアイドルたちのMVが流れている。きらきらした衣装で跳ねたり、表情を豊かに変化させたりしながら歌っている。ボーリングの玉を投げるところの上部にあるスクリーンには、ストライクなどを知らせる色鮮やかな表示があちらこちらで点滅し、ボーナスタイムが始まると強い光がレーンやスクリーンを照らして、場内は激しくライトアップされた。

さまざまなところから音や光、色があふれ、家で過ごしているときとは比べものにならない強い刺激の渦。途端に、場違いな場所に放り出されたような激しい孤独を感じた。ボーリング場にきたのに、ボーリングをしない私は、光と音に慣れても馴染むために必要なキーを持ち合わせていなかったようだ。

そのときだった。

ふと見上げると、スクリーンにマスク姿の女性が映ったのだ。

よく見るとAKB48の楽曲『離れていても』のMVだった。後から分かるのだが、この曲は新型コロナをうけてのメッセージソングとして作られたもの。マスクのシーンからはじまり、個々の生活、除菌をしながら働くお店の人々、そしてマスクをしながら稽古をしていく姿、ステージにあがるメンバーたちなどが映されていたのだ。

私にとって、トップアイドルのマスク姿から始まるMVは衝撃だった。ボーリング場で、誰もいないレーンの椅子に座り、ぼんやりとする私。その横のレーンでは子どもや夫がボーリングを楽しそうにしているキラキラした現実。レーンの先には、巨大スクリーンに映し出されたコロナ禍に挑むアイドルたちがいて、その境界線があまりにくっきり見えて、呆然とした。

派手な光の演出をしているボーリング場の方が現実なのに、夢の世界のような気がしてきたのだ。

料理をより多くの人に食べてもらいたい飲食店、ファンに歌を届けたいアイドルたち。いつか報われる日のために、それぞれができる範囲内で頑張っている姿が映し出されたMVから目が離せなかった。夢をあきらめないために、誰かを楽しませるために。その思いがひしひしと伝わってきて、気づくと涙が頬をつたっていた。

***

ミュージカルの稽古の日は、グループLINEにメンバーが稽古の様子の動画を送ってくれる。私たちが休んでいる間に、メンバーは確実に実力をあげていた。以前よりもダンスのキレがよくなり、覚えた歌の曲数も増えた。コロナ禍だというのに、新規メンバーが増えている。

子どもたちに稽古の動画を観せると、「ええ、こんなの覚えられないよ」と躊躇する。休んでいるとダンスを覚えるのは大変だ。でも、少しずつできることから始めてみよう。

「来週からミュージカルの稽古行こうか」

ミュージカルの稽古時も、マスクをつけて換気や消毒をして……といった、これまでとは違う状況下で行われる。でも、できる範囲で今やれることを少しずつやっていってもいいのかな。AKBのMVを観て、ダメなことばかりに目を向けるのではなく、できることに目を向けることを許された気がしたのだ。

仕事ばかりで子どもと向きあえる時間が少ない自粛期間だった。だからこそ、子どもが何か言っているときは、顔を見て話す。ぎゅうっと抱きしめる。できることをもっともっとしていこう。

きっと今は、そういう時期なんだ。

文・木奥えむ

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